文章心得帖 (ちくま学芸文庫)

至極ライトウェイトな文章読本である。必要最小限の鶴見流「文章心得」を紹介した後、〈例文―講評〉を多々紹介するといった体裁を成す。鶴見は本書で文章の書き方を教えはしない――どうしないかの道標を例示するだけである。これを加藤典洋は「提灯式」と呼び、好意的に解説しているが、私にはその逆も見える。つまり紹介されている「文章心得」は余りにも一般的で、詳細や形式を欠いている。鶴見の教える心得とは即ち、明晰に、わかり易く、無駄がなく、紋切り型の表現を控えて書くこと――これに尽きる。最後の「紋切り型」を氏は一般的解釈より広義に使用しており、一般共通語も含まれる。つまり、共通語の使用は避けよ、と鶴見は指摘する。そもそも鶴見が「紋切り型」を明確に定義していないのも問題だが、私は慣用句、諺、共通語、多用される表現らの価値は、適材適所であると確信しており、鶴見の教義には賛成しかねる。例文に偏りがある（戦争やその類が殆ど）のも頂けない。また、本書を通して氏の文章に無駄が多々ある点も、私には皮肉に映った（自身が名文家でないと認めているので、矛盾しているわけではないが）。それでも、本書は小学校高学年からでも問題なく読める内容であるし、そのぐらいの年齢であれば、ある程度のスループットは望めよう。しかし、高校生以上であれば、より実践向けで内容も充実した加藤典洋著『言語表現法講義』を一読し、次に谷崎や三島の文章読本にあたるのが得策である。その何れかを既読の読者には本書は蛇足である。